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松江地方裁判所 昭和30年(ワ)21号 判決 1960年5月31日

原告 島根県商工事業協同組合

被告 国

訴訟代理人 加藤宏 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

被告は原告に対し金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三〇年三月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

一、原告は松江市内に居住する各種中小企業者を組合員として組合員相互の扶助、経済的地位活動の向上促進を目的として中小企業等協同組合法に基き設立された商工事業協同組合である。

二、訴外松江税務署長は右協同組合法の精神を無視し原告組合設立以来事ある毎に原告組合に対する悪意ある誹謗と弾圧を試み、松江税務署名義をもつて昭和二六年一一月二回、同年一二月に一回及び同二七年二月に二回合計五回にわたつてその内容中左記各記載のあるビラを新聞折込等の方法で松江市民の間に配布した。

1  昭和二六年一一月一二日付「お知らせ」

「然し一面未だに百人に一人の程度の悪質納税者があり組合名等を利用する税金ブローカーの口車に乗せられ納税を全然怠つている状況でありますので正直に納税した方が損をする事のない様に断固たる処置を取る事となり手始めとして本月八日に此の種悪質滞納者の一部について財産差押処分をなしたる上即日差押物件の引揚処分を実施いたしました。今後もこの種の悪質滞納者については更に徹底的に強行処分を実施し税負担の公平に努力いたしたいと思います」

2  昭和二六年一一月付「お知らせ」

「税金ブローカーなどに金銭を詐取されないように」「最近悪質な組合や税金ブロカー等が税の説明会又は税金対策と称して営業別とか地域別に集会をもよおし此の組合に入れば税金を安くしてやるとか、又は税金を納めなくてよくなるとか、甘言を以て納税者をだまし多額の組合費又は手数料或は仮領収書にて税金を受領したりして之を詐取している事件が頻発いたしておりますから此の様な集会には参加なさらない様御注意申し上げます」

「税金を滞納せられている方へ

税金を滞納している方は至急納税せられる様お願い致します。なお特別の悪質滞納者に対しては徹底的な処分を行い、租税負担の公平を計る予定であります」

3  昭和二六年一二月付「お知らせ」

「金銭を詐取された事件について

最近悪質な税金ブローカーや、組合が税金対策とか、又は各種の名目を以て会合を開き組合費或は税金を仮領収するとか称して金銭を詐取している事件が、頻発いたしておりますから、この様な変な組合や税金ブローカーの口車に乗つて、不必要なお金を取られない様、御注意申し上げます」

4  「これは是非お読み下さい」

「税理士法違反について

確定申告書の記載についてお判りにくい方は直接御自身で税務署へ出頭して下さい御説明申上げます。税金について税理士の資格のない者や許可を受けていない者が相談に乗つたり代書したりすれば税理士法違反に問われますから充分御注意下さい」

5  昭和二七年二月二九日付「所得税の確定申告と納税の期限は今日限りです」

「○○民主商工会等の団体が税金についていろいろと根拠のない悪宣伝をしているようですが、これ等の団体に税の相談をされると先方が税理士法違反で処罰されるばかりか、皆さんもかかり合になつてご損です。どうかくれぐれも御注意下さい。所得の申告は自分自身でなるべくして下さい。税理士又は許可を受けた者以外の人が計算したと思われます申告書は税務署では信用いたしませんことにしています」

三、原告組合は通称島根民主商工会又は民商と称せられ民主商工会と呼ばれる組合は松江市においては原告組合のみであつた、そして本件ビラ配布当時松江税務署との間に税金問題に関して紛争があることが松江市民の間に公知の事実であつたから、右各ビラにおいて「組合」又は「民主商工会」というのは明らかに原告を指すものである。

依つて右は松江税務署長が文書により一般松江市民に対し原告組合が恰も悪質犯罪団体であるかの如く印象づけようとしたものであり、即ち公然事実を摘示して原告組合の名誉を毀損したものというべきである。

四、原告組合は傘下組合員よりの賦課金、手数料、特別賦課金その他雑収等の収入を基礎として事業の経営を維持していたものであり、その主たる収入である賦課金については昭和二六年八月ないし一二月の月間収入平均が一三一、〇四七円であつたが、前記ビラ配布後の昭和二七年一月ないし七月のそれは八三、〇二七円となり月間賦課金収入平均において四八、〇二〇円の減少を来し、右昭和二七年一月以降の七ケ月間には賦課金につき合計三三六、一四〇円の減収を生じ同額の財産上の損害を蒙つた。

右は松江税務署長が右のビラにおいて原告組合を組合費手数料名下に金銭を詐取する犯罪的団体の如く宣伝したため組合員間に恐慌を来し原告組合と関係を保つことは税務署よりにらまれる原因であり徴税手続上不利益な取扱を受けるもとになることをおそれ又は右宣伝をうのみにして原告組合を誤解し、組合員が或は組合を脱退し或は脱退しないまでも賦課金の納入を拒否したため前記のような収入減を来したのである。

更に原告は右名誉毀損行為により無形の損害を蒙つたがこの無形の損害額は少くとも金一〇〇、〇〇〇円に達する。

五、以上の事実は国の公権力の行使に当る公務員である松江税務署長がその職務を行うについて故意又は過失により違法に原告に損害を加えたことに帰するから国家賠償法第一条により原告は国に対しその損害の賠償を求め得べきところ、右財産上の損害のうち金五〇、〇〇〇円及び右無形の損害のうち金五〇、〇〇〇円合計金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三〇年三月一日より完済に至るまで民法所定の利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告の答弁に対する認否)

本件の具体的事案においては本件ビラ配布行為は必要な行政措置としての限度を超えるもので、もはや税務署長の職務行為として違法性を阻却するものではない。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

(請求の原因に対する答弁)

請求原因一項の事実は認める。請求原因二項の事実中訴外松江税務署長が松江税務署名義をもつて原告主張の時期にその内容中原告主張のような記載のある各ビラを原告主張の方法で松江市民の間に配布した点は認めその余の点は否認する。請求原因三項の事実中原告組合が通称島根民主商工会又は民商と称せられていた点は認めるがその余の点は否認する。請求原因四項の事実中原告組合が傘下組合員よりの賦課金、手数料、特別賦課金その他雑収等の収入を基礎として事業の経営を維持していたものである点は認め、その賦課金収入ならびにその減少が原告主張のとおりである点は不知、その余の点は否認する。

本件のビラ配布行為は次の理由により違法性を欠くものであり従つて被告に金銭賠償義務はない。

即ち昭和二六年当時壁新聞その他により反税宣伝が強力に行われ善良な一般納税者が右宣伝に迷わされようとする情勢になりそのまま放置すれば適正なる税務行政を円滑に行うことができない状態となつたので、右署長は正しい納税手続を一般納税者に周知させるため納税に関する注意事項を記載したビラを配布して円滑な税務行政の遂行をはかつたものであつて、右は署長の当然なすべき職務行為(管内納税者に対する正しい納税の啓蒙についての行政的措置)を行つたのに過ぎない。以上の次第であり右行為はただいたずらに原告組合を弾圧し又はその権利を侵害して損害を与えんがためにしたものではなく納税者に対する適正な啓蒙を目的とした措置であるから違法性はない。

(立証)

原告

甲第一ないし第六号証、同第七号証の一ないし九提出、証人武部勝義、同高木昂、同大谷義蔵、同田中末吉、同武部実、同古川万太郎、同田中梅市、同青木良幸、同長谷川仁、同佐々木種蔵、同石倉幸市の各証言援用、乙第一三号証は表紙部分の成立は認めその余の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認め、乙第一ないし第九号証を利益に援用する。

被告

乙第一ないし第一三号証提出、証人岩田隆之、同石坂辰雄の証言援用、甲第七号証の一ないし九の成立はいずれも不知、その余の甲号各証の成立は認める。

理由

原告が松江市内に居住する各種中小企業者を組合員として(組合員相互の扶助、経済的地位の向上、経済的活動の促進をその目的とする)中小企業等協同組合法に基き設立された商工事業協同組合であること、訴外松江税務署長が松江税務署名義をもつて原告主張のごとく昭和二六年一一月より同二七年二月までの間に計五回にわたりその内容中請求原因二項1ないし5の各記載のあるビラを新聞折込等の方法で松江市民の間に配布したことはいずれも当事者間に争いがない。

よつて先ず右各ビラの記載が原告の名誉を毀損するに足るものであるかどうかの点について考えるのに、右ビラには「組合名等を利用する税金ブローカーの口車に乗せられ納税を全然怠つている云々」「最近悪質な組合や税金ブローカー等が税の説明会又は税金対策と称して営業別とか地域別に集会をもよおし、この組合に入れば税金を安くしてやるとか、又は税金を納めなくてよくなるとか、甘言をもつて納税者をだまし、多額の組合費又は手数料或いは仮領収書にて税金を受領したりして之を詐取している」「最近悪質な税金ブローカーや組合が税金対策とか又は各種の名目をもつて会合を開き、組合費或は税金を仮領収するとか称して金銭を詐取している事件が頻発している」「○○民主商工会等の団体が税金についていろいろと根拠のない悪宣伝をしているようですが、これ等の団体に税の相談をされると先方が税理士法違反で処罰される云々」などの記載が散見されるにとどまり、その個々の記載自体ではその対象の特定又は事実の摘示の面から見ていずれもいまだ特定の人の名誉をそこなうに足る具体的事実の摘示があつたものというに足らない。しかし、原告が当時通称島根民主商工会又は民商と呼ばれていたことは当事者間に争いがないところ右各ビラの配布状態及び記載内容を綜合観察し、なお、成立に争いがない甲第六号証、乙第一ないし第九号証、証人田中末吉、同武部勝義、同岩田隆之、同佐々木種蔵の各証言によつて認められる、昭和二四、五年頃松江市内においても中小企業者間に租税負担の軽減ないし免脱を目的とした企業組合結成の動きがあり、忽ちにして相当数の企業組合が結成されたこと、その上にこれら組合を含む各種小企業者の帳簿の記帳を指導管理し、ならびにこれらの者のために税務署に対し税金交渉をすることをその実際の目的とし、傘下の組合員より賦課金名義で徴収した組合費でその経営を維持する原告組合が当初島根民主商工会の名称で設立され、同組合は忽ち前記企業組合の大半及びその他の多数の法人組織又は個人経営の営業者をその傘下におさめたこと、同組合は後記認定のごとく松江税務署との間に過激な税金斗争を開始しそのことは当時松江市民の間に周知の事柄であつたとの当時の各事情に徴するときは、右ビラの記載は一般市民に対する正しい納税手続促進のための啓蒙と同時に、当時澎湃たる勢であつた反税斗争に対抗する意図で書かれたものであり、その意味で、原告組合をも、念頭に置いて、「悪質な組合が税の説明会又は税金対策と称して営業別とか地域別に集会を催し、この組合に入れば税金を安くしてやるとか、又は税金を納めなくてもよくなるとか甘言をもつて納税者を騙し、多額の組合費又は手数料を受領してこれを詐取している」との趣旨の事実をも述べているものと解し得ないわけではない。そうすると前記松江税務署長のビラ配布行為は一応公然事実を摘示して原告の名誉を毀損したものということができる。

よつて右松江税務署長の行為が違法であるかどうかの点について考察する。およそ他人の名誉を毀損すれば一応その行為は違法というべきであるが、飜つて本件ビラ配布当時の情況を考えるのに、前記甲第六号証、乙第一ないし第九号証、岩田証人及び証人石坂辰雄の証言によれば原告はその傘下の企業組合の帳簿を管理していながら松江税務署署員たる右石坂証人の調査に際しその内容の展示を妨げたこと、昭和二六年に至り松江税務署は広島国税局の指示により前記各企業組合の法人格を否認し昭和二五年分所得税の更正決定を行つたため原告方職員は傘下の組合員数十名を伴つて松江税務署に押しかけ、担当者、係長、課長等に面会を求め、これを取捲き大声で個人課税の根拠を問いただし、抗議をなし、その際当時同署所得税係長であつた右岩田証人に対し「お前は税鬼だ」とか「税務署で一番悪い奴だ」とののしる等過激な言葉を用い、右余波は同署幹部職員の家庭にも及び、更に右交渉の情況を「税鬼の不法と暴力を実力で粉砕せよ」「ドロボーから生活と営業を守るため町内会を更に強化せよ」「暴虐な徴税に堪えかねた市民」「国民は強盗を逮捕する権利がある」などの刺戟的かつ著しく穏当を欠く語調の見出しを附した壁新聞等をもつて単に組合員のみならず一般市民に対しても誇張して報道、宣伝し、その行動には、かなり行過ぎと思われるものがあり、右税務署側の更正決定の当否はともかくとして、原告組合による納税行為への介入が、これを受容れた相当数の納税者の行為とあいまつて、税務当局の正当な職務の執行をも脅かしかねないような、反税斗争的乃至反税務署的雰囲気が醸成されつつあつた緊迫した当時の情況を認めることができる。

その情況が以上認定の次第とすればそのような当時の事態において、これら反税務署的風潮に対処しつつ、税務署長が前示認定の通りの内容のビラを配布し、その結果、原告組合の名誉をきそんするところがあつたとしても、これは(勿論、国の機関の態度としては、好ましくないうらみはあるが)、その文言使用の程度から見て、国の徴税権の確保の職責を有する税務当局の正当な職務行為としての範囲に属し、その違法性は阻却されるものと認めるのが相当である。

そうだとすれば原告の主張は爾余の点の判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柚木淳 西村哲夫 吉田宏)

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